今日は、フランスのストラスブールへ向かう日だった。フランクフルトでの宿泊は２日だったが、実質１日の滞在だったので、正直言うと先へ足を伸ばすことが本意ではなかった。前半３日間をフランクフルトにして、後半をまるまるストラスブールにすれば良かったかな、という考えが頭をよぎっていた。
　朝食後、荷造りを始めた。荷造りしているとき、隣部屋のサイキさんのことを思い出した。男の私ですら心細いのに、若い彼女が一人で平気なのだろうか？と心配になった。余計なことをして疎ましがられるのは嫌だったが、迷った挙句、メッセージを残すことにした。

　フロントにメッセージを預けて、駅に向かった。ヨーロッパで初めての列車だ。村山さんには、突然出発ホームが変わったり、到着が遅れたりすることもあると聞いていたので、余裕をもって行動することにしていた。何度も掲示板を見て、自分の列車が予定通りであることを確かめた。
　ところが、出発して間もなく、郊外の森の中で列車が止まってしまった。これは予定通りなのだろうか、２０分遅れたという事例を思い出していた。ストラスブールへは、途中カールスルーエで乗り換えをしなければならないが、この待ち合わせがわずか８分だったのだ。万一乗り遅れたら、どう処理すれば良いのかさっぱり分からない。できれば避けたい事態だった。
　途中の停車駅へは、定刻から３分遅れて到着した。このままなら、まだ５分の待ち合わせ時間が残るはずだ。祈るような気持ちでカールスルーエ到着を待った。

　カールスルーエには、やはり３分遅れで到着した。JRなら、途中で加速して挽回し、うまく帳尻を合わせるところだ。ホームに下りるや否や、一目散に乗り換えホームへ向かった。５分といえども、慣れない土地で重装備なのだ。決して十分な時間とは言えない。せっせと歩いて、ようやく自分の席にたどり着いた。できれば、売店でドリンクでも買いたかったのに・・・。
　この列車で良かったのは、美人の車掌さんが乗っていたことだ。最近になってこそ、JRも女性を車掌に登用しているが、おそらくこちらでは当たり前のことなのだろう。彼女が行き来する度に、自然と視線が向いてしまう。
　ストラスブールに着く前には、フランスとの国境を越えるはずだ。パスポートの提示はどうなるのだろうか？と考えていた。うっかり、この点を村山さんに質問することを忘れていた。しかし、結局何も起こらなかった。EU統合の成果だろうか？

　ストラスブールに到着後、とりあえずホテルに向かった。何しろ、この大荷物を何とかしなければ、身動きが取れないのだ。
　１０分ほど歩いてホテルに着いた。通常、チェックインは１２時以降らしいが、だめもとで交渉してみた。結果は問題なし。それでも心配になって、

It's early time to check in. Is it OK?

と確認してみたが、「構いませんよ」という身振りだった。
　ポーターもなしに入った部屋だったが、内容は十分満足できるものだった。広いし、ダブルベッドだし、何よりもエアコンが効いていた。実は、フランクフルトのホテルでは、エアコンが設備されていなかったのだ。きっと、普段はあまり必要ないのだろうが、このところ、村山さんが驚くほど暑い日が続いていた。あと１度気温が高かったら、寝付けなかっただろうというような状態だったのだ。おまけに、このホテルのバスルームは、トイレとは別れていて、しかも洒落た構造にデザインされていた。これで１２９ユーロは安い！という感じだった。

　荷物をほどいた後、町を散策することにした。今日の行動はおまけみたいなもので、なぜか意識の中ではあまりあてにしていない時間帯だった。ところが、町へ出てびっくり！ドイツでの様子とは違って、人通りが非常に多いのだ。まるで東京の繁華街のようだった。お祭りのような感覚になって、だんだんワクワクしてきた。
　しばらく歩くと、大きな広場に出た。ガイドブックを調べると、クレペール広場となっていた。この広場には何もないのだが、その周りの建物がすばらしかった。まるで実物大の箱庭のようで、おとぎ話の世界に迷い込んだようだった。
　さらに気がついたのは、歩く女性のきれいなこと。カールスルーエからのヨーロッパ急行の車掌さんもフランス人だったのかもしれない。ちょっとオーバーかもしれないが、ファッション雑誌から抜け出してきたかのような人たちばかりに見えた。

　さらに足を伸ばして歩くと、遠くに聖堂が見えてきた。その聖堂に導かれるように歩き、さっと視界が開けた瞬間、息を呑んだ。とてつもなく雄大な姿に圧倒されてしまったのだ。いやはや、こんなものが待ち受けていたとは・・・。もうこれだけで今日は十分。そういう気にさせられた。

　今日は、レンタカーを借りて郊外へ出る計画だった。まずは、歩いてレンタカーの営業所へ。日本にいるうちに、レンタカー会社に場所を問い合わせておいたので、迷わず着くことができた。地図さえあれば何とかなる。方向感覚には少々自信があるのだ。
　今回のスタッフも英語はできるようだが、あまり自信がないのか、言葉数が少なかった。このことが、後になって、とんでもない事件につながることになるのだった。

　営業所でもらった地図を参考に、とりあえずコルマール方面へ。コルマールへの高速道路周辺には、有名なワイン産地が点在しているはずなのだ。ガイドブックでは、この一帯をワイン街道と銘打っていた。ドイツでの経験が活かされて、今日のドライブには少し余裕が生まれていた。

　しかし、どれだけ走っても、観光地を示す案内標識が見当たらない。それとも見逃しているのであろうか、いつの間にかコルマールに着いてしまった。そろそろ高速を下りようかと思っていたら、右手にショッピングセンターが見えた。職場でお菓子の買い物を頼まれていたので、ちょうどいいやと寄ってみることにした。
　ところが、どうしても、そこへたどり着くことができないのだ。すべての道は高速道路につながっていて、高速道路と平行に進む道がないようなのだ。つまり、ショッピングセンターへ入るための高速出口を見つけない限り、一般道路から直接入ることはできないように感じた。
　３０分程度迷った末、ようやく、その出口を見つけることができた。「経済地区」という看板が手がかりだった。日本語の感覚なら、「商業地区」であるべきなのだが・・・。
　しかも、さらに困難が待ち受けていた。フランス語の看板が読めないので、どの建物が何屋さんなのかがさっぱり分からない。観光地が分からない。「経済地区」への入り方が分からない。お店の種類が分からない。と、ここまで重なると、さすがにちょっと疲れた。一旦買い物はあきらめて、マクドナルドでお昼にすることにした。

　食べ慣れたフィレ・オ・フィッシュを食べたら、少し気力が回復した。引き受けた以上は、約束を果たさなければならない。車を駐車したまま、歩いてお店を探すことにした。

Excuse me. I'm looking for this product. 
Do you know where I can buy it?

と、お店から出てきたお客さんに尋ねてみたが、「英語はできません。」と英語で答えてくれただけだった。
　ところが、それを見ていた別の男性が、どうしました？と聞いてきた。同じ質問を少しゆっくり繰り返したが、通じていないような感じだった。そこで、これを知っていますか？と質問を変えてみたら、「あのお店だ」と指差してくれた。
　そのお店は、確かにスーパーマーケットだった。後で分かったことだが、全国的なチェーン店だったのだ。フランスでスーパーマーケットを見つけることが、こんなにも大変だとは思わなかった。けれども、残念ながら探し物は売っていなかった。代わりに、ドイツで食べたあの白アスパラガスをお土産に買うことにした。

　いよいよブドウ畑に向かった。こうなれば、とにかく走って探すしかない。高速道路には近づかないように、山に向かって進路をとった。天気は快晴。写真を撮るとき、逆光を気にしなければならないほどの日差しだった。
　何気なく進めていると、それまでとはちょっと違う雰囲気になってきた。「ついにやったか？」と、慎重に走っていたら、どうやらどこかの観光地に着いたようだった。鼻歌まじりで駐車した。
　駐車場の車を観察すると、ナンバープレート左端にあるEUマークの下のイニシャルが、その車の国籍を表しているようだ。実に様々な国籍のナンバーがあった。ところが、私の車にはそれがないことに気づいた。この時点では、このことはあまり気にも留めなかった。

　ストラスブールとは規模が違うが、ここにも多くの観光客が集まっていた。帰って調べたところ、ここはリボーヴィレというワインの名産地だった。日本に帰ったら、Appellation Ribeauville Controlee　のワインを試してみたいと思った。
　ここは、コウノトリでも有名なところだった。中世を時代背景にした映画などで出てきそうな景色が広がっていた。

　リボーヴィレを後にして、もう一か所ぐらい見てみたいと思っていた。さっきと同じように、高速道路には近づかないように針路をとった。
　しかし、高速道路（コルマール）に近づかないように走ると、なぜかジグザグ走行になっているような気がした。しかし、午前のような高速道路地獄にははまりたくないという気持ちが強かったため、実は針路が誤っていることに気づかなかったのだ。結果的には、いつの間にか高速道路を越えて、正反対の方向へと進んでいた。つまり、希望の針路は、コルマール方面（高速道路があると思っていた方向）だったのだ。
　今日も暑い日だった。安い車を選んだのが良くなかったのか、冷房の効きが悪かった。ところが、ドリンクの自動販売機みたいなものは一切なかった。
　川を渡ったところに、ちょうどよくマクドナルドを見つけて、休憩することにした。そして、ついにここで重大発見をすることになった。代金の請求が、何とドイツ語だったのだ。しかも、よく見ると、看板がドイツ語で書かれていた。「Nichtraucher（禁煙席）」だった。知っている数少ない単語のひとつだ。ようやく自分がドイツに来てしまっていることに気づいたのだ。「そうか！じゃあ、さっき渡った川がライン川だったんだ。」という感じだった。

　車にもどって地図を見た。おおよその現在地を確認して、今後の針路を考えた。このまま進んで、この先の高速道路に乗れば、ストラスブールまでは最短距離で帰ることができた。しかし、大部分をドイツ領内を走ることになる。もどるべきか、進むべきか。でも、なぜか進むことにしてしまった。
　しかし、走り始めてから、いろいろなことが頭に浮かんできた。まず、ナンバープレートのEUマークだ。マークがないわけだから、この車はフランス国外を走ることができないのではないか？という疑問が浮かんだ。つまり、フランス国内限定車だ。次に思い出したのは、ドイツで車を借りたときのことだ。営業所のスタッフが、通行可能な国の地図を提示して、承諾のサインを求めてきたのだ。ところが、今朝はそんな書類は見ていないし、国外へ出てはいけないという説明も受けていなかった。けれども、どうもあのスタッフの英語力には疑問が残るし、何よりもEUマークがないことが気がかりでならなかった。

　まるで逃亡者のような気持ちで、ひたすら高速を走り続けた。国境を越えたときには、まるで自国にもどったような安堵感を感じた。今から思えばおかしな話だが、やはり慣れない土地での緊張感だろうか、冷静な判断ができなかったようだ。
　ストラスブールへもどってからは、コルマール周辺での迷路状態とは違って、いつもの自分に帰ったように走ることができた。頭の中にある地図と見える景色から、現在位置と経路を想定し、一発で営業所まで帰ることができたのだ。やはり、案内標識に頼りすぎたのが原因だったのだろう。もっと、よく景色を見るべきだった。

　夕食には、昨日の昼食に入ったカフェテリア形式のレストランを選んだ。メニューを見なくても、自分の目で確かめながら選ぶことができるので、言葉に自信がない人や、海外旅行初級者には便利だと思った。しかも、廉価なのだ。この日は、１０ユーロちょっとで堪能することができた。